揮発性有機溶剤抽出法は、精油抽出技術の中でも特に繊細な花の香りを損なわずに取り出すために発展してきた方法です。ジャスミン、ローズ、チュベローズ、ミモザ、バイオレットなどの花は、含まれる芳香成分が非常にデリケートで、熱に弱く、水蒸気蒸留では香りが変質してしまうことがあります。また、これらの花は精油含有量が極めて少ないため、蒸留では十分な量を得ることが難しいという問題もあります。
こうした植物の香りを忠実に抽出するために、19世紀以降、化学工業の発展とともに揮発性有機溶剤を利用した抽出法が確立されました。この方法は、ヘキサンや石油エーテルなどの揮発性有機溶剤を用いて、低温で芳香成分を溶かし出すため、香りの変質が少なく、より自然に近い香質を得られるという特徴があります。
さらに、溶剤抽出法は花だけでなく、フランキンセンスやベンゾインなどの樹脂類、あるいは重く揮発しにくい成分を含む植物にも適しています。水蒸気蒸留では抽出されにくい色素やワックス成分も同時に取り出すことができるため、水蒸気蒸留法では得られない濃厚で華やかな香りを持つ抽出物が得られます。
その一方で、溶剤抽出では芳香成分とともにワックスや色素などの不要成分も抽出されるため、後工程での精製が必要になります。溶剤を蒸発させて得られる固形状の抽出物は「コンクリート」と呼ばれ、これをエタノールで再抽出し、ワックス類を取り除いて精製したものが「アブソリュート」です。アブソリュートは、香りが非常に濃厚で、植物本来の香りに最も近いとされ、香水産業において欠かせない高品質の香料となっています。
ここでは、精油づくりに用いられる揮発性有機溶剤抽出法(コンクリート/アブソリュート)の特徴や仕組みをわかりやすく解説します。
揮発性有機溶剤抽出法の工程
① 植物原料を溶剤に浸す
花や葉、樹脂などの植物原料を、ヘキサンや石油エーテルなどの揮発性有機溶剤に浸します。
すると植物中の芳香成分が溶剤に溶け出し、同時に色素、脂肪分、ワックス成分なども抽出されます。
その後、抽出物をどのように精製するかによって、「コンクリート」や「アブソリュート」という名称が使われます。
つまり、コンクリートとアブソリュートは、「抽出後の状態や精製工程による分類」です。
② コンクリートの生成
植物原料から芳香成分を溶剤に溶かし出した後、その溶剤を減圧下で低温蒸発させると、半固形状のワックス状物質が残ります。これが「コンクリート(Concrete)」と呼ばれる抽出物です。
コンクリートには、
・芳香成分(アロマ分子)
・植物由来のロウ分(ワックス)
・色素
・樹脂成分
などが多く含まれており、植物本来の香りを最も自然に近い形で保持していることが特徴です。
水蒸気蒸留では得られない重い分子や色素成分も含まれるため、香りはより濃厚で奥行きがあり、花そのものに近い香質になります。
また、コンクリートは比較的収量が多く、香水原料としてそのまま利用される場合もあります。
特に、沈殿や不溶物が問題にならない用途では、コンクリートの自然で豊かな香りが好まれることがあります。
③ アブソリュートへの精製
コンクリートには芳香成分のほか、植物由来のワックスや色素などの不要成分が多く含まれているため、そのままでは香料として扱いにくい場合があります。
そこで、コンクリートをエタノール(アルコール)に溶かし、低温で冷却する工程を行います。
低温にすることでワックス類が固まり、ろ過によって効率よく除去することができます。
ワックスや不溶物を取り除いた後、アルコールを減圧下で蒸発させると、芳香成分だけが高濃度で残ります。これが「アブソリュート(Absolute)」です。
アブソリュートは、
・香りが非常に濃厚で奥行きがある
・花本来の香りに最も近い香質を持つ
・流動性が高く、香水原料として扱いやすい
といった特徴があります。
そのため、高級香水や化粧品の原料として特に重宝され、香料産業において欠かせない存在となっています。
レジノイドとオレオレジン
揮発性有機溶剤抽出法では、樹脂やスパイス類など、原料植物の種類によって異なる名称が用いられます。これらはコンクリートやアブソリュートとは異なり、主に原料の性質によって分類されます。
・レジノイド
フランキンセンス、ミルラ、ベンゾインなどの樹脂類を、有機溶剤で抽出して得られる芳香物質を「レジノイド」と呼びます。
レジノイドは粘度が高く、樹脂特有の重厚感や甘さ、深みのある香りを持っています。オリエンタル系やバルサム系の香水原料として利用されるほか、香や薫香原料としても使用されます。
・オレオレジン
ブラックペッパー、ジンジャー、カルダモン、パプリカなど、スパイスや種子、果実、根茎類を溶剤抽出して得られるものを「オレオレジン」と呼びます。
オレオレジンには、芳香成分だけでなく辛味成分や色素成分も含まれており、香料分野だけでなく食品、医薬品、調味料などにも利用されています。
例えばジンジャー・オレオレジンは、ショウガ特有の温かみのある辛味と芳香を強く保持しているため、食品香料や加工食品原料として幅広く用いられています。
揮発性有機溶剤抽出法が選ばれる理由
溶剤抽出法は、水蒸気蒸留法では抽出が難しい植物や、熱によって香りが変化しやすい植物に適した方法です。特に、繊細な花の香りをそのまま再現したい場合や、微量の芳香成分を効率よく回収したい場合に選ばれます。
● 熱に弱い植物
ジャスミン、ローズ、チュベローズなどの花は、加熱によって芳香成分が変質しやすく、水蒸気蒸留では生花本来の香りが失われることがあります。
溶剤抽出法は比較的低温で行われるため、繊細で華やかな香りを保持したまま抽出できるという大きな利点があります。
● 芳香成分含有量が少ない植物
花弁に含まれる芳香成分が非常に少ない植物は、水蒸気蒸留では収量が極めて低く、効率的な抽出が難しい場合があります。
溶剤抽出法では、微量の芳香成分も効率よく回収できるため、希少で高価な天然芳香原料の製造に適しています。
● 水蒸気蒸留では抽出しにくい成分を含む植物
溶剤抽出法では、芳香成分だけでなく、色素、ワックス、不揮発性成分、重い芳香成分なども同時に抽出されます。
そのため、水蒸気蒸留では得られない、植物そのものに近い濃厚で深みのある香りを再現しやすいという特徴があります。
揮発性有機溶剤抽出法のメリット・デメリット
◎ メリット
- 熱に弱い花の香りを壊さずに抽出できる:
ジャスミン、ローズ、チュベローズなど、加熱によって香りが変質しやすい植物でも、生花に近い香りを保ったまま抽出できます。これは、溶剤抽出が低温で行われるため、繊細な芳香分子が壊れにくいことによります。 - 植物そのものに近い、濃厚で自然感のある香りが得られる:
溶剤抽出では、揮発性成分だけでなく、色素やワックス、不揮発性成分、重い分子も同時に抽出されます。そのため、水蒸気蒸留では得られない、深み・厚み・奥行きのある香りが再現できます。 - 水蒸気蒸留では抽出しにくい不揮発性成分や重い芳香成分も回収できる:
高分子成分や色素など、蒸留では揮発しない成分も抽出されるため、香りの幅が広がります。 - 色素やワックス成分を含むため、生花に近い香調を再現しやすい
- 微量の芳香成分も効率よく抽出でき、比較的収率が高い:
微量の芳香成分も効率よく回収できるため、精油含有量の少ない花でも実用的な量を得られます。 - ジャスミンやローズなど高級香水原料の製造に適している:
アブソリュートは流動性が高く、香りが濃厚で扱いやすいため、香水産業で特に重宝されます。 - 水蒸気蒸留とは異なる深みや厚みのある香りを得られる
△ デメリット
- ヘキサンなどの有機溶剤が微量残留する可能性がある:
現代では厳しく管理されていますが、完全にゼロにはできないため、食品・医療用途には不向きです。 - ワックスや色素など芳香成分以外の成分も同時に抽出される:
- 抽出後にアルコール精製などの工程が必要となる:
コンクリートからアブソリュートを得るには、アルコール精製やろ過などの工程が必要となり、手間とコストが増えます。 - 製造工程が複雑で、コストが高くなりやすい:
溶剤、設備、精製工程などが必要で、水蒸気蒸留よりもコストが高くなります。 - 水蒸気蒸留法で得られる精油とは区別される:
溶剤を使用するため、アロマテラピーでは「精油(エッセンシャルオイル)」ではなく、アブソリュート/天然香料/芳香原料として扱われることがあります。 - 食品用途や医療用途では使用が制限される場合がある:
溶剤残留の可能性から、用途が限定されることがあります。 - アロマテラピーや自然療法では、使用を避ける考え方もある:
特に自然療法の分野では、溶剤使用そのものを懸念する立場もあります。
近年では、溶剤除去技術や品質管理の向上により、安全性の高いアブソリュートが製造されています。しかし、水蒸気蒸留精油とは抽出原理や成分構成が異なるため、用途や目的に応じて使い分けられています。
揮発性有機溶剤抽出法が使われる代表的な植物
・ジャスミン
・ローズ
・チュベローズ
・ミモザ
・バイオレット
・ナルシス
・フランキンセンス
・ベンゾイン
・ミルラ
これらの植物は、香りが非常に繊細である、あるいは水蒸気蒸留では十分な香気成分が得られないため、溶剤抽出法が適しています。
特にジャスミンやチュベローズは、蒸留すると生花特有の甘く官能的な香りが失われやすいため、アブソリュートとして利用されることが一般的です。
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参考図書
・アロマテラピー精油事典 発行:成美堂出版
・アロマテラピーの教科書 発行:㈱新星出版社
・アロマセラピーの全てがわかる本 発行:㈱ソーテック社
・精油の化学 発行:フレグランスジャーナル社
・公益社団法人 日本アロマ環境協会(AEAJ)
>>アロマ・精油・エッセンシャルオイルの禁忌表・禁忌事項・禁忌一覧

