子供のために幼児期からの英語教育がおすすめ

子どもに自分のコンプレックスを押し付けてはならない、とはよく言われるけれど、自分と同じような苦労をさせたくないとか、自分の二の舞を演じてほしくないとか、自分が恥をかいた時のあの思いは子どもにはさせたくないとか、後悔した事は先に回避させてやりたいとか、そう思い、子育てにその思いや願いを投影するのは、親心というものではないだろうか。

私はハッキリ言って英語に対してとんでもない苦手意識をもっていた。

日本で暮らす上で英語を日常的に使うシーンが無いため、普段はあまりその事について考えたり、恥ずかしい思いをしたりはしないのだが、私にはあるトラウマがあって、その経験をしたためにおそらく普通の人以上に英語に対する苦手意識、いや、恐怖心と言っても過言ではないくらいの怖れを抱いていた。

その恐怖体験は、実は私の親によるものだった。

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私の母は英文科を卒業するくらい英語が得意だった。そして好きだった。幼い頃から英語の勉強に熱心に取り組んでおり、中学生、高校生では英語の暗唱コンテストで上位入賞の常連で、大学も現役で合格し、在学中には2ヵ月ほどアメリカに短期留学し、アメリカ文学についての卒業論文を書いて卒業し、卒業後は一時英語とはあまり関係の無い仕事に就いて会社員生活を送っていたが、社内で英語が得意だというのが評判になり、部署異動し、英語を使っておこなう仕事を任されるようになったという。

この話はもう何回も、何十回も繰り返し聞かされており、耳にタコができているのだが、母の中では武勇伝というか、自分の人生で自慢できる時代だったのだろう、おばあちゃんになった今でも、飽きもせずこの話を繰り返している。

そんな母だから、私には英語教育を熱心に受けさせようと試みたらしい。このことそのものは決して間違ってはいなかったと思う。

私も、英語とはじめて触れ合ったその時のおぼろげな記憶では、決して嫌な印象は受けなかった。幼児の英語教育は、その多くが「英語って楽しい」といったイメージをもってもらうことを主目的として運営されている。そのため、幼かった私も同じく「楽しい」と思ったはずなのだ。

ただ、この「楽しい英語教室」は母にとっては「楽しいだけの英語教室」に過ぎなかった。

こんな生ぬるい教育では娘はいつまで経っても英語ができるようにならない、そう考えた母は私により「勉強」を意識した英語の英才教育を試みた。

これが良くなかった。

小さな私には、無理やり英語を覚えさせられ、覚えいないと怒られたり、覚えられるようになるまで夕飯にありつけなかったり、そのような事がとんでもないストレスになった。

そして私は見事に英語嫌いな子になってしまった。

英語アレルギーと言っても過言でないような拒絶反応で、母は完全に失敗を悟った。そして私は英語をやめた。小学4年生の時だった。

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それから小学校を卒業するまでは英語とは無縁の生活を楽しく送っていたが、中学生になると英語の授業が始まる。

私の英語嫌いが再発するか、母は心配していたらしいが、小さい頃に覚えた事がまだ記憶に残っていて、最初の頃はかなり良い成績をおさめ、それにより私も調子にのり、英語の授業を楽しく受けられた。

母は「やっぱりうちの子には英語の才がある!」と思ったらしい。

またも、これが良くなかった。

中学1年の頃は超優秀な成績をおさめていた私だったが、2年生になると、少しずつ難しくなっていく授業についていくのが難しくなってきた。

そうはいっても人並みには理解して、点数も取れていた。平均点よりは良い点を常にキープしていた。
しかし母はこれが許せなかったらしい。

私の点数が自分の理想を下回ると、母はとても不機嫌になり、私に絶望したようなコメントを投げつけた。私はそれがとても怖かった。
母に嫌われる、捨てられる、そう思うのが怖かったのだ。

一生懸命勉強して成績を伸ばしても、母の理想が高すぎて、私はいつまでも母を納得させられず、母に認めてもらう事はなかった。

それゆえ私は英語に対して尋常ならざる恐怖心と苦手意識を持っている。わが子には同じ道は歩ませたくない。

もちろん、私は母のようにハードな英語教育を課そうなどとは微塵も思っていない。ただ、英語ができればこんなに恥ずかしい思いをしなくて良かったのに、英語ができればこんなにみじめな思いをしなくて済んだのに、と思わないような人生を歩んで欲しい。

私がそう望んだのは、単純に母とのトラウマだけならば英語から離れれば済むだけの話だったが、私自身がやはり英語ができた方が良いという思いを沢山してきたからだった。

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外国の方とのコミュニケーションに詰まってしまったり、英語の苦手意識からパッケージツアー以外の海外旅行に行けなかったり、英語ができれば引き受けられた仕事を断らざるをえなかったり、辛い経験が沢山あった。

だからこそ、子どもには英語アレルギーを持ってほしくなかったし、英語を自由に使いこなせるような人間に育って欲しいと心から願っていた。

ちょうどわが子が3歳の誕生日を迎えて、そろそろ習い事を始めるのに適した年齢に達し、英語教育を受けさせるために英語の教材を買い与え、そして英語教室にも連れていった。

子どもに英語教育を受けさせたい旨は、既に主人には子どもが授かったその時から話をしていて、主人も私の考えには同調してくれていたので、英語を習わせることに対しては何もぶつかる事なく、両者一致で決まっていた。

子どもが生まれて間もなく、少し育児に慣れてきて時間が取れるようになると、私は早くも英語教育について情報を集め始めた。

どこの教室が良い、どんな教材が良い、いくらぐらいかけるのが望ましい、将来どうしたいかによって教育方法を変えるべき、年齢や性格にあった英語教育を、など、ありとあらゆる情報をかき集めて、主人にも「熱心だねぇ」と苦笑されながらも、本当に主人の言葉通り熱心に探した。

辛い思い、しんどい思いはさせたくない。

これが最も大切なことだ。とにかく、英語を好きになってもらう事。そして英語を楽しく学んでもらう事。英語ができるようになって欲しい、その目的は、英語ができない、英語が苦手、というコンプレックスを抱いて欲しくない事。

このあたりが明確だったので、点数稼ぎのための英語教室や、いかにも「勉強する」という雰囲気の教室は真っ先に候補から外れた。街の楽しい英語教室は雰囲気が良かったが、しかしただ遊ぶだけで英語力が伸びない教室は、通わせてもあまり意味がないような気がして、ここも少し違うかな、と思った。

ネイティブの先生がいらっしゃる事も絶対条件で、日本人の講師だけでやっている教室、まして、その日本人の講師たちの英語のレベルが、失礼ながらあまり高いとは言えなかったりするところは絶対にNGだった。

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街の小さなお教室となると、結構「お遊び」系や、先生のレベルが怪しいところが多く、そういったところは、月謝などが想像を絶する安さだったのですぐ分かったが、やはりある程度きちんとした教育を受けさせるためには、それ相応の対価を支払わなければならないんだな、と実感した。

安かろう悪かろうというよりも、目的の違いなのかもしれないが、うちの子には相応しくないと、私はそう判断した。

色々と教室を調べて、実は事前に話なども聞きに行ったりして、無理なく通える距離の中で、2つ3つ目星はつけていた。あとは子ども本人が気に入ったところ、相性がよさそうなところに入れようと、そう決めていた。
若干の費用の差はあれど、予算内には収まっていたので主人も異論はないようだった。

そして教室もそうだが、家庭でも英語に沢山触れさせようと思い、2歳ごろから幼児向けの英語教材を購入して、CDをかけたり、DVDを流したりしていた。3歳になって、それを更に充実させたのだ。

より「英語」というものに興味がもてるような仕様になっていた。一緒にアルファベットの歌を歌ってみたり、果物の名前や動物の名前を英語で言うゲームが盛り込まれていたり、楽しい教材だった。

よく、教材だけ子どもに与えていれば、あとは子どもが勝手にそれを使って遊んでいるうちに英語を覚えてしまうと思っている親がいるらしいのだが、私はそうは思わない。

やはり親の働きかけは重要だと思う。私は、子どもと、その教材を使って一緒に遊ぶように心がけた。
遊びの時間に自然に英語に触れられるよう、意図して環境作りをした。

教室選びと環境作り、この2つをわが子が3歳になった時から本格的に始めて、子どもは英語漬けの日々を送るようになった。

結局英語の教室は、子どもが「楽しかった!」と満面の笑みで答えた教室を選んだ。
3つの教室の体験レッスンに連れていき、子ども自身に選ばせたのだ。

もっとも、子どもなんてものは、その時の気分で言うことがコロコロ変わるので、吟味して選ぶなんてことはしないだろう。ただ、直観力が優れている子どもだからこそ、ファーストインプレッションや、なんとなく雰囲気が合うなどの相性は大切にしたかった。

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通うことになった英語教室は、成長年齢にあわせて最適の英語教育をおこなうというのをキャッチコピーにしていた。幼児期に発達するのは、聴力と言語能力だ。つまり、言葉を学習するには最も適している時期なのだ。
この、聴力と言語能力が発達している伸び期に、英語のネイティブの発音を聞かせて、そして喋らせることにより、英語特有の発音ができるようになるという。

この、日本語には無い英語特有の発音は、日本人たちの多くが大人になる過程で「必要ない音」として聞き分けることも発することもできなくなるのだそうだ。これは、訓練でどうにかなるものではなく、退化していってしまうらしいので、幼児期のこの時期を逃す手はない。

ネイティブの先生と直接話す機会を沢山設ける事で、外国人に対して壁を作ってしまうような事をなくす効果もあるらしい。英語なんて苦手だし、などという妙な脅えが芽生える前に、英語や外国人に慣れて、仲良くなろうというコンセプトで、幼児期にたくさん英語、外国のもの、外国の人々と触れ合う機会を与える教育方針だった。

体験レッスンで、既にネイティブの先生と交流する機会を設けてくださったのだが、うちの子は怖がったりせず、楽しそうに習いたての英語を話して、ほめられ、喜んでいた。

この感覚をずっと忘れずに大切にして育ってほしいな、と思った。

こうして、我が家は一気に英語のもので溢れるようになり、日常生活の中に英語関係の時間が大きく入ってきた。教室に通わせ、自宅でも英語の教材で遊び、私も心なしか少し英語が上達したような気がした。

何よりも、英語って楽しいんだ、と大人になってから思うようになった。楽しそうに学習するわが子を見て、私も楽しいと思ったし、楽しそうに英語を教える先生方を見ても、同じことを思った。

子どものころは恐怖の対象でしかなかった英語が、私の中で確かに変わってきていた。
私が英語を好きになりはじめていたのだ。

子どもは親の感情が移るとか、親の気持ちを敏感に察するなどと言われているが、私が英語を好きになり、英語を楽しむ事ができなければ、わが子も絶対に英語に対してポジティブな感情をもてなかっただろう。
そういう意味で、私にとってもこの英語学習の時間はとても有意義なものだった。

幼児期に最適な教育を受けたわが子は、驚異的なスピードで英語をマスターしていき、特に発音や抑揚に関しては、とてもとても大人には及ばないほど、私なんかが聞けばまるきりネイティブが話しているようにしか聞こえないような喋り方をマスターした。

それを主人がべた褒めしたことで、わが子は調子に乗ってますます英語に対して積極的になった。

ひとたび「好き」が「得意」になると、相乗効果で「もっと好き」になり、何の苦痛もなく、わが子は英語に熱中し、自分から進んで覚えたり話したりするようになった。

色々なものに興味を持ち始める年齢に英語と触れさせ、しかも「楽しい」と刷り込むことで成し得た事だった。

そのまま小学生になったわが子は、周囲の子たちから「英語がペラペラなんだよ」とほめられて、先生からも「帰国子女ですか」と聞かれたりして、すっかり良い気になってしまった。

通わせた英語教室は継続していたが、小学生になると、国内に住んでいる英語圏のネイティブの方のお宅にホームステイ体験ができるプログラムなどが用意されており、今度うちの子は初めて参加する予定だ。

今からとてもわくわくしているようで、私も何か忘れられないような体験ができたら良いな、と思っている。

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